TOKYO VERDY EVOLUTION WEEK BUSINESS TALK SESSION
#2 リブランディングの真相
2020年2月18日に行われた、東京ヴェルディビジネストークセッション『オフザピッチにおけるチャレンジと共創』のイベントレポート。
大きな変革となったリブランディングの話から、現在の総合スポーツクラブという軸に至った経緯。そしてエンターテインメントなども含めた総合クラブへの未来まで、リブランディングを手がける株式会社アマダナスポーツエンタテインメント 代表取締役社長 熊本浩志氏と総合ディレクター 伏見大祐氏。東京ヴェルディ株式会社 鈴木雄大、ファシリテーターとして東京ヴェルディ株式会社(株式会社リトリガー)パートナー営業部プランナー 八木原泰斗が語り合いました。(以降敬称略)
世界基準のクリエイティブでブランド化に挑む
八木原 このイベントは『パイオニアスピリット』をアイデンティティに持つ東京ヴェルディがピッチ外で取り組んでいる様々なチャレンジについて、お話していくトークセッションです。今日はリブランディングについてということで早速、そもそもなぜリブランディングが必要だったのかというところから、掘り下げていきたいなと思います。本日はお願いいたします!
熊本 よろしくお願いします。
伏見 よろしくお願いします。2019年にヴェルディが50周年を迎えるにあたり、次の50年に向けた事業方針がブランドビジネス化と総合クラブ化でした。ヴェルディは親会社がいない、いわゆる市民クラブなので、サッカービジネスだけに固執していると、タッチポイントが少なく、ビジネスが拡大しないという問題を抱えていました。
関わる人が少ない中で、売上を上げていかなければならないということを考えていくと、サッカーだけではなく東京ヴェルディというブランドを活用して様々な分野に進出することで、タッチポイントが広がって、新たな価値が生まれる。そんな流れからリブランディングの話になったのがキッカケになります。
まずは、そういった既存ビジネスから広げることの意味や今の課題などを抽出してブランド戦略についての資料を作成しました。あとは海外の具体的な事例などのリサーチをまとめて、羽生社長や森本さんにお渡しして、共通理解をしていったと。
八木原 なるほど、ありがとうございます。その上で、リブランディングに外せないキーマンとしていらっしゃるのがデザイナーのネヴィルさんですね。
熊本 はい。なぜネヴィル・ブロディだったのかについてお話させていただきたいです。東京ヴェルディやJリーグのほとんどのクラブの弱さとして、サッカービジネスをやっていく中で日本のマーケットでしか勝負できていないという部分がありました。これから東京オリンピックもあって、『東京』というブランドをせっかく持っているので、海外のアウトバウンドを取りにいくことを考えなければならない。
そういった要素が前提にあった中で、世界基準のクリエイティブというのをまず考えました。ネヴィルはもともと80年代に渋谷パルコで展覧会をやっていて、グラフィックやタイポグラフィ界のカリスマで、日本のデザイン業界の方も憧れたりインスパイアされたりしている人が多いんです。世界的な視点から見た東京っていうのを表現する必要があったので、東京を知っていて、フットボールにも精通している人にお願いしたかったので、ネヴィルしかいないなと。
我々のスタッフに繋がりがあったので、ネヴィルにコンタクトを取れました。彼はイングランド代表のユニフォームなど実績においても申し分無かったですし、他の選択肢はほとんど考えてなかったです。
八木原 最初にオファーをしたときの反応はどうでしたか?
熊本 すごくエキサイティングだと言ってくれました。ただすごく難題だったと思いますね。これから目指す総合型クラブのために運用できるロゴが必要で、そこにはフットボールはもちろん、野球やアメフト、武道まで取り入れたいと。それら全ての競技において成り立つようなデザインコード、システムを作らないといけないと話したところ、そもそも野球やアメフトについて詳しくないと。
そんな中で破綻しないように進めていかなければいけなかったので、相当難しいオーダーだったと思います。
八木原 なるほど、プロジェクトは足掛け何年くらいで進んでいったのでしょう?
熊本 最初にネヴィルにオーダーしたときには無理だって言われたんですけど、半年です(笑)。
八木原 えええ!?
熊本 しかも決定までに半年なので、実質作業した期間は2〜3ヶ月でした。ネヴィルのスケジュールには日本企業向けということ、意思決定のプロセスに大きな期間が想定されていたのですが、我々がサポートして絶対すぐ決めていくからということでお願いしました。
八木原 日本人や日本の企業は決められない、決めるのに時間がかかることが多いですよね。
熊本 そうなんです。しかもJリーグのロゴの承認には13ヶ月かかるんですよ。とにかく今年スタートするとしても去年の早い段階で決める必要があったんです。
八木原 それによって2019シーズンは発表してから他競技に展開し、サッカーは今シーズンから変更という経緯になったというわけですね。新デザインを決める判断基準はどのようなものだったんですか?
熊本 いくつかあるのですが、まずはいわゆるデジタル表現に対応するということ。これ意外と分からない方がいると思うのですが、もう印刷物よりもスマホでどう見られるかという認識の方が重要なんですね。なので、複雑なロゴというのは認識されにくくなっています。昔のロゴって非常によくできているんですが、これをスマホで見ると潰れて何にも見えない、っていうことが起きかねない。
伏見 他にヴェルディだけが持つオリジナリティという視点では、読売サッカークラブの立ち上げメンバーだった坂田信久さんらのお話も聞きながら進めていきました。変えても良いですか、というお伺いの要素もあったのですが、「俺たちはパイオニアとしてやってきたから君たちのチャレンジには僕は何も言わない」って言っていただけたんですよ。
熊本 で、これからの50年に向けてのパイオニアになるんだというメッセージで、これが独自性ですという話でやっていくことになりました。ネヴィル本人もエキサイティングだったし、こんなスピード感で進んだプロジェクトは経験が無いと言ってくれましたね。
リブランディングはスポーツ界全体に波及
八木原 次にリブランディングの反響や現場のエピソードを聞いていきたいと思います。まずはヴェルディだからこそ良かったこと、ポジティブだった要素はありますか?
熊本 私は東京バンバータっていう野球チームを設立当初から運営しており、今は提携させていただいてヴェルディのバンバータになっていますが、サッカーのサポーターの方が試合に応援に来てくれたんですよ。その時は本当に涙が出そうになりました。
今回をきっかけに、ひとつ象徴を軸にして色々な競技を応援するっていう文化ができるとすれば、それはヴェルディだと思います。そこを強みとして発信していけるようになれたら良いなと思いますね。
伏見 ブランドであったり、デザインであったり、そういったものって定量的に判断できないから推進しづらいじゃないですか。でもそこに情熱を傾けてくれるフロントの方とかも多くて、ヴェルディはすごいなと思いました。羽生社長から現場のスタッフまで、情熱を持っていてスピード感があるというのが、攻めの姿勢を感じてとても良かったです。
鈴木 弊社社長の羽生が総合クラブを目指すという軸を固めてから、ヴェルディのエンブレムを背負って戦ってくれる仲間が増えていって、素晴らしいなというのを実感していました。個人としてもすごく賛同しましたし、そういうメンバーが多かったからこそ、今回のスピード感があったのかなと思います。
八木原 ありがとうございます。ヴェルディの企業文化として攻めの姿勢、まさにパイオニアスピリットは強く感じますよね。では逆に、ヴェルディだったから大変だった点もお聞かせください。
熊本 リブランディングという視点で言うと、実はあまり無いんですよね。当然ですけど変えなくて良い、という声も上がるのですが、その点ヴェルディは東京で大きなムーブメントを起こそうという将来に対して、フロントの方々もポジティブでしたし、何よりファンの方々が温かく受け入れてくださいました。他ではこんなに上手くいかなかっただろうな、というのはありますね。
八木原 ファンデベロップメントの最前線に立たれる鈴木さんとしてはいかがでしたか?
鈴木 僕もリブランディングに関して言うと、苦労したという感覚はないですね。みんなでエキサイティングに良い方向に走っているなと。だからこそ苦労しているのは、もちろんサッカーに関することが基本にありつつ、広がりを作るためにこういったイベントも含めて今までにない新しい仕事をしていることですかね(笑)。
八木原 ここにいるフロントスタッフみんな苦笑いしてます(笑)。特に今は開幕前でバタバタしてますからね。その流れで苦労や現場エピソードなどもお聞かせください。
鈴木 クリエイティブセンターというものができました。今まではそれぞれの部署ごとにデザインを調整しており、資料やポスターなど含め統一性が無かったのですが、一度クリエイティブセンターを通すことで、統一性を持たせられるようになりました。もちろん今までみんな一生懸命作ってきたのですが、どうしても個々の想いとかが入りすぎてしまう部分があったりして。
例えばポスターで言えば、まず目的は「試合の告知」ですよね。試合の告知だけを考えるとリブランディングしたことをアピールする余地は正直あまり無い。従って、中央のエンブレムでリブランディングを表現して、他は試合の告知に使いたかった。ただ、クリエイティブセンターとしては、このポスターでリブランディングを表現すべく、エンブレムと英字ロゴ「TOKYO VERDY」のみでいきたかったみたいなのですが、視認性であるとか、認知度からどうしても日本語表記での『東京ヴェルディ』は入れたいと伏見さんにお願いしました。
伏見 夜な夜なチャットで議論しましたね(笑)。
鈴木 最終的にこの形に落ちつきました。一つ一つのクリエイティブを意見交換して議論を重ねてから世に出せる、というのはヴェルディの強みになったと私は思っています。
熊本 非常に健全な議論ですよね(笑)。
統一デザインが反響を呼ぶ
八木原 そして2020シーズンを迎えて、改めてユニフォームなど含めての反響はいかがですか?
伏見 ユニフォームはこれまで情報量が多かったというのもあって、スポンサーロゴが単色になると良いなという期待はデザインする段階で持っていました。実際にスポンサーさんが色を変えてくださることを考慮し、視認性を確保しようと考えていました。
なので、あまり複雑なデザインはやらないで、関わってくれる人たちそれぞれの思いが際立つようなバランスと柄にしようということになりました。ヴェルディという一つの枠組みにサポーターの方々やスポンサーさん、いろいろな方が結集しているっていうことが描ければ嬉しいなと思って、このコンセプトと柄にしたという経緯になります。
グラフィック、ムービー、特設サイトも統一してつくられたので効果的でした。
熊本 今年のフェーズはまずは新しいロゴを浸透させていって、徐々にファッション業界や他のブランドとのコラボみたいなこともやっていきたいと思っています。実際既に結構色々な話は来ています。
八木原 これからに期待ですね。今後、リブランディングしたヴェルディが持つ可能性というと、どんなことが挙げられそうでしょうか?
熊本 まだ調べてないので不確かなのですが、総合クラブでスポーツ競技の数で言うと世界一なんじゃないかな。ヴェルディにはアメリカ型、ヨーロッパ型両方のスポーツがあって、これからアジア特有の武道みたいなものも入ってくると、既に世界一の規模だと思うんですよね。
伏見 面白いのはプロ選手もいながら、ほとんどがアマチュア選手というところですよね。仕事をしながらでも競技人生を続けるモデルを示せている。あとはサッカーと野球が同じクラブとして存在しているところでしょうか。
八木原 このビジュアルでサッカーと野球が隣同士になっているのも意味があるんですよね?
伏見 はい、やっぱり日本ではサッカーと野球が同じユニフォームを着ることはほとんどないですから。ましてヴェルディの歴史を考えると、この2つの競技が隣り合う影響度は大きくなると考えています。
熊本 この動きに関して、多く取り上げられているのが実は野球界なんですよね、野球メディアに取り上げられるケースが多くて、野球界としても注目しているという話は伺っています。
野球とサッカーの違いとして育成という部分が挙げられると思うんです。そんな中で、いまプロ野球球団も育成年代に力を入れようとする動きが出てきています。あとは16球団にエクスパンションしようだとかニュースになっていると思うのですが、そういったことにヴェルディの取り組みも刺激を与えているのかなと思います。
八木原 ヴェルディがサッカー以外のスポーツ界全体に好影響を及ぼしているのは良いことですね!会場の方からの声でブランディングという観点では「ヴェルディ川崎じゃないの?と言われることが、未だに多い」とあります。
伏見 そう、そうなんですよ。ブランドのストーリーとして何があったのかちゃんと伝えないといけない。今回それをちゃんと伝えるためにブランドサイトというものも作って、どういう背景があって、どんなチームなのかっていう情報。栄光と挫折を発信していかないといけない。
そういったことを分かってもらって、次はこういうクラブに進化したいんだ、ということを伝えていけば応援したいと思ってくれる若い人とかも出てくる可能性はあるのかなと思っています。
鈴木 我々の力量不足も大きいですね。今回渋谷の真ん中で、こういったイベントを開いていますけど、正直これまでこういうことを全くしてきませんでした。もちろん地道なホームタウン活動が今回の機会に繋がっていますし、これからもこのような活動を続けていくことがヴェルディは東京ヴェルディなんだ、ということを広めることになると思うので、本気で取り組んでいかないといけないですよね。
八木原 やっぱり悔しいですからね…。こういったリブランディングの活動がサッカー界、スポーツ界に与える影響はいかがでしょうか。
熊本 昨年、日本体育協会が日本スポーツ協会に名前が変わったというような変化がありましたけど、体育はそこにプレイヤーのみが介在しているのですが、スポーツは見る人や支える人が繋がって初めて成立するんですよね。もちろん国の指針にもある通り、産業としてスポーツを盛り上げていこうという動きがあるの中で、サッカーで始まったヴェルディが垣根を超えて日本のスポーツ界に影響を与えようとしていると思います。再びパイオニアとしてヴェルディが評価される日が近いのかなと。
今までの50年とこれからの50年
八木原 早くそこに到達したいですね。では、最後に目指していく未来についてもお聞かせください。
熊本 Jリーグ開幕の際に川淵さんが開会宣言をしたのですが、『サッカーを愛する皆さん』ではなく『スポーツを愛する皆さん』という表現をしています。地域にスポーツクラブが存在して、そこで新しいスポーツを通したコミュニティが作られて、地域に貢献していくということを掲げたのがJリーグですよね。
サッカーはグローバルのスポーツですから、それに対するものとして掲げられたと思うのですが、そんな理念に当初は一番遠かったのがヴェルディだった。でも、今一番理想に近づいているのはヴェルディだとよく話題になります。
伏見 クラブ自体が大きく変わっていこうということで、2020年になるにあたって、ミッション・ビジョン・バリューに関する、いわゆる社是みたいなものを設定しました。
ミッションで言うと、ヴェルディが存在する使命っていうのは、世界で輝く人材を育てることだと。羽生が強く言っている育成の部分をサッカーだけにとらわれず、色々な競技や文化活動に広げようと。それが社会に貢献することに繋がるだろうということですね。
ビジョンというのは、中期的な目標というか、使命は変わらないものですけど、それを達成するために何になるか、というイメージですね。我々ですと世界一の総合クラブになろうと。もちろんサッカーを軽視しているというわけではなくて、サッカーもしっかり強化もしつつ、部活動もしにくくなっている中で、次の50年で総合クラブになろう、というのが目指す姿であるという話ですね。
ヴェルディが持つ価値、バリューの一つ目はパイオニアですね。常にチャレンジ精神を持って先駆者になっていこうというのを第一に掲げています。次にロマン。ロマンを持って大きなことを描いて行動していく。次に、これから今までと違う世界になっていく中で、その違いを楽しんで新しいことを生み出していくダイバーシティ・多様性ですね。最後に持続可能性。スポンサーさんやサポーターの方々への感謝も含めて、市民クラブである我々ヴェルディは継続的に考えていかないと発展しないクラブだと思うので、そういう視点を持ちましょうというところですね。
八木原 ありがとうございます。ヴェルディの次の50年に向けて軸が固まったということですね。では最後に、一言ずついただければと思います。
鈴木 サポーターの皆さんから、サッカーに集中しろ!という声をいただくことが多くて、それもよくよく理解できるのですが、総合クラブがあるからこそできることの方がむしろ大きいですね。例えばパートナー様の幅も広がるし、色々なステークホルダーの方が増えることによって還元のほうが大きいのです。とても大雑把に言えば、スポンサー収入だってそうです。
だから、サッカーを軽視しているわけではなく、規模を大きくより強化していくために我々は総合クラブに舵を切ったと。そこはサポーターの方々に伝えなければと思っていました。ぜひ一緒にこのヴェルディというブランドを育んでいって欲しいなと思います。
伏見 個人的に関わって感動したことがあるんです。ゴール裏でパートナー企業さん紹介のときにずっと拍手してるじゃないですか。その姿勢というか、みんなで作っている感じが素晴らしいなと思うんです。そういうヴェルディが持つ空気感とか、雰囲気をムーブメントにしていけたら新しいサポーターも来てもらいやすいなと思っているので、そういう未来を一緒に創っていきたいですね。
熊本 組織的にもサッカーに集中しているんですよ。サッカーは株式会社として独立しているし、他の競技は一般社団法人の方で独立してやっているんです。だから他の競技やってんじゃねえ!というのは全く違って、それぞれの競技が還元し合いながら進んでいっているんです。
みんなで一緒に新しいヴェルディを作っていけるように、やっていきたいですね。こればっかりは我々だけではどうにもならないことですし、色々な人が関わることでそれがヴェルディの強みになっていくと思うので、そこに期待したいなと思います。
八木原 お三方ありがとうございました。新しいヴェルディを一緒に創っていきましょう!改めて本日はありがとうございました。
熊本、伏見、鈴木 ありがとうございました!
ライター:渡邊志門